木ノ脇道元《TORERO》(2017)解説


木ノ脇道元《正式には『21世紀の男らしさについて』通称「TORERO」》

「現代音楽」と「ルネサンス以前」という極端にかけ離れた時代の、「みんなが知らない曲」を紹介するのが「低音デュオ」の心意気だと思われる。しかし、変則的な組み合わせから生まれる特殊な響きのためのレパートリーを開発する、ということに焦点を当てるなら、誰もが知ってる曲を敢えて使うところに新しさがあるかもしれないのである。それは「ポップソング的なものを」という、彼等からの難問に応えるためのほとんど唯一の方法にも思えたのだった。
ジョルジュ・B、ロディオン・S、ピーター・Tそしてタカシ・M、シンヤ・Hに捧ぐ。【木ノ脇道元】

【木ノ脇道元 きのわき・どうげん】
フルートを武田又彦、金昌国、細川順三の各氏に師事。「演奏」と「創作」が分ちがたく結びつくあり方を模索する。Cockroach eater共同プロデューサー、アンサンブルノマド創立メンバー。2011年、自作品のみによる自作自演コンサートを開催。ジパング・プロダクツよりCD「blower」「不在の花」、Cockroach eater名義で「Perfect World」「Crazy days」をリリース。東京芸術大学非常勤講師。神奈川県立弥栄高校講師、ムラマツフルートレッスンセンター講師。
http://kinowakidogen.com

川浦義広《アクセス・ポイントI》(2013/17)解説


川浦義広《アクセス・ポイントI》

私は4年ほど前から「アクセス・ポイント」と題したシリーズ作品を作曲している。いずれも声楽と器楽のための作品であり、言葉のもつ様々な側面に焦点をあてることを主眼としている。この作品はシリーズ第1作目であり、「日本語自体を聴く」ということをコンセプトに、日本語固有の響きを捉えるアクセス・ポイントの形成と提示が作品のテーマとなっている。今回は日本語の特性である「時代ごとに変化・発展する特徴」や「時代ごとの言葉の響き」に着目し、テキストに古代から近代までの和歌集から様々な言葉を抜粋したものが用いられている。和歌、とりわけ短歌という形式に限定したのは、古代から日本語表現の形式として存在し、現在までその形式が受け継がれており、日本語の変遷を明確に描くことが可能であるという点による。
 作品は古文から現代文へと文体が推移する構造をしているが、古文においては音響的側面から言葉を捉え直し、子音や母音等音素によってテキストを分解及び再構成し、バリトンとテューバ間でその音響的特性を強調し、一方現代文においては擬態語等古歌にはあまりみられない特徴的な言葉を取り出して様々なパルス構造で提示を行うことによって文体の推移を構造化しようと試みた。【川浦義弘】

【川浦義弘 かわうら・よしひろ】
1993年埼玉県出身尚美学園大学音楽表現学科卒業、現在同大学院に授業料減免特待生として在学中。学部において授業料全額免除特待生として在籍し、3年間に渡り在学特待生に選出される。尚美学園大学優秀学生彰、尚美学園大学後援会賞、第84回日本音楽コンクール作曲部門入選、第21回東京国際室内楽作曲コンクール第2位(1位なし)受賞。作品はこれまで、アンサンブルプラティプスや東京シンフォニエッタ等内外の演奏家によって演奏・紹介されている。作曲を山下恵、小島有利子、川島素晴、渋谷由香の各氏に、ピアノを鵜木日土実、指揮を新田孝の各氏に師事。

三輪眞弘《お母さんがねたので》(2014)解説


三輪眞弘《お母さんがねたので – 高校生のテキストによる -》

この作品は発話の模倣、すなわち通常、発話における抑揚と呼ばれる音高変化を旋律として採譜した、ただそれだけの作品である。それは、かつてO・メシアンが鳥の囀りを記譜した試みと何も違いはないが、作者のソルフェージュ能力によってではなく、現代のテクノロジーによって、ある発話のある瞬間にある振動数(音高)が確かに「存在」していたことがマイクロスコピックなデータとして客観的に裏付けられている点が異なる。つまり、この作品は発話という現象における連続的な時間的・音高的変化を量子化し、人間に識別可能な単位を用いて再現したものに他ならない。グレゴリオ聖歌のように、あるいは聲明のようにその昔、聖典を唱える際の抑揚から「歌」が生まれたのだとすれば、あるテキストの朗読音声そのものを旋律として記譜した今回の試みは「逆さまにされた歌」と言うことになるだろう。発話はメディア技術によって人格から引き剥がされ、模倣されるべき過去の痕跡としてのみ眼差されている。【三輪眞弘】

【三輪眞弘 みわ・まさひろ】
1958年東京に生まれる。1974年東京都立国立高校入学以来、友人と共に結成したロックバンドを中心に音楽活動を始め、1978年渡独。国立ベルリン芸術大学、1985年より国立ロベルト・シューマン音楽大学で作曲を学ぶ。1980年代後半からコンピュータを用いた作曲の可能性を探求し、特にアルゴリズミック・コンポジションと呼ばれる手法で数多くの作品を発表。2004年芥川作曲賞、2007年プリ・アルスエレクトロニカでグランプリ(ゴールデン・ニカ)、2010年芸術選奨文部科学大臣賞などを受賞。近著「三輪眞弘音楽藝術 全思考一九九八̶二〇一〇」出版、2012年9月にリリースされた新譜CD「村松ギヤ(春の祭典)」などをはじめ、活動は多岐にわたる。旧「方法主義」同人。「フォルマント兄弟」の兄。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)教授。

山本裕之《細胞変性効果》(2017)解説


山本裕之《細胞変性効果》

C.P.E.バッハ(1714-1788)が著した『正しいクラヴィーア奏法 Versuch über die wahre Art das Clavier zu spielen』第2巻(1762刊)には、アンサンブルをうまくやるコツに関する記述が少しだけ書かれている。この曲ではその部分をテキストとして原語と日本語で紹介している。また中盤からは、彼の書いた『30の宗教的歌曲集 30 Geistliche Gesange mit Melodien』第2巻(1781刊)から第7番《復活祭の歌 Osterlied》を適宜引用している。この引用部分では、ラップトップ内のコンピュータ・プログラムによって奏者の発する音にランダムなディレイがかけられ、相手方のヘッドホンに送られる。送られた側は実際の音より多少遅れて聴くことになるため、本来は明確な拍感と和声構造が示されるはずの古典音楽において、ちぐはぐなアンサンブルが発生する。つまり奏者の経験と予測力そして外的な妨害の狭間で葛藤が生ずる結果としての、不明瞭さを取り込んだアンサンブルとなるだろう。なお《復活祭の歌》は後半になると日本語でも歌われるが、googleによる翻訳のため、テキストとしての不明瞭さも増している。
タイトルの「細胞変性効果」とは、ウイルスによって正常な細胞が変形・変質してゆく現象で、電子的ディレイの影響や『正しいクラヴィーア奏法』のテキストが《復活祭の歌》に浸食してゆく様を表しているが、同時に英訳であるcytopathic effectの略語が「CPE」であることも由来している。【山本裕之】

【山本裕之 やまもと・ひろゆき】
1967年生まれ、神奈川県出身。1992年東京芸術大学大学院作曲専攻修了。在学中、作曲を近藤讓、松下功の両氏に師事。武満徹作曲賞第1位(2002)、第13回芥川作曲賞(2003)。作品は日本、ヨーロッパ、北米等を中心に演奏されている。1990年より作曲家集団《TEMPUS NOVUM》に参加、2002年よりピアニスト中村和枝氏とのコラボレーション《claviarea》を行うなど、様々な活動を展開している。Ensemble Contemporary α(東京)、音楽クラコ座(名古屋)各メンバー。現在、愛知県立芸術大学准教授。作品の一部はM.A.P. Editions(ミラノ)から出版されている。
http://japanesecomposers.info