三輪眞弘《お母さんがねたので》(2014)解説


三輪眞弘《お母さんがねたので – 高校生のテキストによる -》

この作品は発話の模倣、すなわち通常、発話における抑揚と呼ばれる音高変化を旋律として採譜した、ただそれだけの作品である。それは、かつてO・メシアンが鳥の囀りを記譜した試みと何も違いはないが、作者のソルフェージュ能力によってではなく、現代のテクノロジーによって、ある発話のある瞬間にある振動数(音高)が確かに「存在」していたことがマイクロスコピックなデータとして客観的に裏付けられている点が異なる。つまり、この作品は発話という現象における連続的な時間的・音高的変化を量子化し、人間に識別可能な単位を用いて再現したものに他ならない。グレゴリオ聖歌のように、あるいは聲明のようにその昔、聖典を唱える際の抑揚から「歌」が生まれたのだとすれば、あるテキストの朗読音声そのものを旋律として記譜した今回の試みは「逆さまにされた歌」と言うことになるだろう。発話はメディア技術によって人格から引き剥がされ、模倣されるべき過去の痕跡としてのみ眼差されている。【三輪眞弘】

【三輪眞弘 みわ・まさひろ】
1958年東京に生まれる。1974年東京都立国立高校入学以来、友人と共に結成したロックバンドを中心に音楽活動を始め、1978年渡独。国立ベルリン芸術大学、1985年より国立ロベルト・シューマン音楽大学で作曲を学ぶ。1980年代後半からコンピュータを用いた作曲の可能性を探求し、特にアルゴリズミック・コンポジションと呼ばれる手法で数多くの作品を発表。2004年芥川作曲賞、2007年プリ・アルスエレクトロニカでグランプリ(ゴールデン・ニカ)、2010年芸術選奨文部科学大臣賞などを受賞。近著「三輪眞弘音楽藝術 全思考一九九八̶二〇一〇」出版、2012年9月にリリースされた新譜CD「村松ギヤ(春の祭典)」などをはじめ、活動は多岐にわたる。旧「方法主義」同人。「フォルマント兄弟」の兄。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)教授。